2015-11-24

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▲2009年~新チーム結成。9人での出発人数ぎりぎりでのきびしい活動
2009/09/01 

 Debuggers Neo -dreams- 結成!   通称はD-Neo。
Debuggersというチーム解散後、毎週来ていたメンバーを中心に9名で結成。チーム名は、前身のデバッガーズが年間60試  合超す試合を消化していた頃にあこがれて、もう一度そういったチームにしたいという願いを込めて、Debuggersのチーム名に新しいという「Neo」をつける。またメンバーの「草野球満足度100%」を達成できる夢のあるチームを目指すということで、「dreams」をつけた。初期メンバーは、福原、福島、前原、金子、大西、伊地知、小竹、齋藤、橋中の9名。

2009/09/05

開幕試合。記念すべき初試合は住之江球技広場で、ビクトリーズさんと対戦。8-3の勝利でいいスタートを切る。チーム初 記録は次の通り。初四球:福嶋選手 初死球:小竹選手 初盗塁:福嶋選手 初安打:前原選手 初二塁打:大西選手 初 三塁打:前  原選手 初本塁打:福嶋選手。打撃成績に関しては、すべてのお初が完了となった。その陰でひそかに、ひとりだけ出塁できなかったのが金子選手。4タコ のう  ち内野フライ3つとさみしい結果ではあったが、ある意味目立った。

2009/09/05

びわこバレイに移動して小竹別荘で決起集会を開き、これからの健闘を誓った。

2009/10/01

 ユニフォームのデザイン決定。そして発注。 チーム結成の強い決意にマーク類はすべて全刺繍で、生地もオーダーの豪華版にする。

2009/10/31

大西選手がまさかの骨折で戦線離脱。ファーストの守備についていた大西選手は、一塁牽制球を受ける際に投げる方の中 指にボールがあたり、指の真ん中から真っ二つに。開放骨折で選手生命が心配されるも、全治まで数ヶ月かかるということで 戦線離脱。9名と選手層のうすいチームとしても本人にもは痛すぎる事故であった。

 

2009/11/17

ユニフォーム完成!チームカラーをオレンジとした鮮やかなデザインに。交流戦を横浜からスーパーソニックスを迎えての対戦。惜しくも1-2で敗れる。

 

2009/11

田中選手と森崎選手の入団決定。しかし森崎選手はまだ北海道勤務ではあったが、4月大阪に戻ってこられるということで  早々の入部を決めてくれた。来年の活動に向けてのうれしい出来事だった。


▲2010年~新メンバー5名を迎えて、充実した活動ができる。KUSA1日本シリーズ出場で、あこがれの甲子園球場でプレーが出来る。
2010/01/16 

グランドコート完成!

2010/02/24

坊野選手が入団。

2010/01/30

森田選手が入団。これで正式メンバーが13名となり、助っ人なしでの自力での活動開始。

2010/02/11

メンバーも充実し大阪府此花区軟式野球連盟A級に加盟。同時に春季大会の抽選会にも出席。

2010/03

小倉選手が入団。

2010/03/21

公式戦初参加初勝利!此花区春季大会1回戦は6-4で初戦突破。先発予定の前原投手がぎっくり腰で戦線離脱。急遽登 板となった伊地知投手が6回まで無得点に抑える好投の活躍。

2010/04

伊藤選手が入団。

2010/04/25

此花区公式戦春季大会2回戦。福嶋選手の逆転ランニングホームランなどの活躍も、接戦ながらも最後は5-5で抽選負け。

2010/05/22

セカンドユニフォーム完成!夏を迎えるにあたり、2着目が必要と言うことで作成する。練習試合で着用。

2010/06/20

公式戦夏季大会は1回戦で敗退。序盤接戦ながらも後半突き放されて3-5で負ける。

2010/09

伊藤選手が仕事の都合上、チーム方針に沿った活動が出来ないため退団。

2010/10/17

KUSA1京セラドーム大会大阪トーナメント大会に出場。予選を6-2、決勝を4-0の完封で優勝する。最優秀選手に福嶋選手が選出。ランニングホームラン、逆転殊勲打と大暴れの活躍。この試合前原投手が連投の活躍。また、KUSA1日本シリーズ甲子園大会の切符を手にする。

2010/11/20

SuperSonicsとの交流試合。今年は横浜での開催で遠征ということでテンションも上がった。前原投手-伊地知投手の完 封リレーで2-0で勝利。昨年の雪辱を果たす。2日目はみんなで横浜中華街で豚まんや軽食を楽しみながらの観光。天候もよく、道中、富士山もしっかり見ることができた。

2010/12

藪野選手入団。

2010/12/08

KUSA1日本シリーズへ出場。あこがれの甲子園球場で思う存分野球を楽しむ。結果は惜しくも0-2の完封負け。

2010/12

今年は最終54試合を消化。結成の目的であった年間60試合も視野に入るところまできた。今年はチームとして形になってきた。


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